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小笠原先生の「明日の空(Tomorrow’s sky)に向かって」49

こんにちは、1月のセンター試験も終わり、後は高校入試が本番ですね。2月のこれからは、塾として最も忙しくそして大切な時期を迎えますから、各塾長に置かれましても十分な体調で、この大切な時期を乗り切ってください。私はここまで来ましたら受験に対して、点数がどうのこうのとか偏差値がどうのこうのとか、あまり触れないようにしています。昨年から十分各生徒や保護者と志望校については話し合ってまいりましたし、合否につきましても過去30年間のデータをもとに伝えていますから、「まさか」の事でも起こらなければ、大丈夫!とお墨付きを与えていますが、10年以上前ですがその「まさか」が起こった生徒がいました。

 

たいへん優秀な生徒で、間違いなくトップ校に進学できる実力の持ち主でしたが、試験前一か月の寒い朝にその「まさか」が起こったのです。彼はその日少し寝過ごしてしまい、普段通っていない近道を通り、日陰の凍っていた道路で転倒してしまったのでした。通勤時間帯ですから人通りもそこそこあったようで、転倒時には彼は動けず助けを求め、救急車で病院に運ばれたのです。私は数時間後にお母さんから知らせを受けて病院に向かったのですが、左腕を骨折し手術をしなければいけなかったので、入院をしました。入院期間は10日ほどでしたでしょうか、その間私は病院で彼の受験指導をしたのです。でも幸いなことに利き手の右腕は使えましたから、一か月後には左腕はギブスをしたまま、筆記試験と面接を無事済ませ、第一志望校に合格する事が出来ました。

 

今だから軽く話せますが、当時はやはり大変だった事を覚えています。逆にもし私が怪我でもしたら、受験生のみならず生徒全員に迷惑が掛かると自覚して、安全運転に心掛けています。言い換えれば、多くの生徒を預かる私たちは、彼らの人生をも預かっているのです。でも勉強を同じように教えても受験で苦労する生徒もいますし、今回のような「まさか」の出来事は、不可抗力でしょう。しかし、それでも生徒でいてくれたから私は塾長として病院でも馳せ参じて、受験を合格させるのは当たり前と思ったのです。でも骨折が利き腕の右手だったら答案を書けませんから、私は一緒に彼の悲運を悲しんだことでしょう。

 

昭和~平成と30数年間もやっていると、本当にいろいろな事がありました。特にこれからは自分と保護者そして生徒との年齢差は広がるばかりですから、始めた当時とは対応や体力は違うかもしれませんが、情熱だけは塾を始めた時と同じだと自分でも思って、今だに経営しています。

 

今NHKの土曜夜9時から塾が舞台のドラマが始まっています。一昨年原作を読みましたが、昔の小さな塾が時代に沿って発展し、数々の問題や矛盾点なども抱えながら大きくなってゆく様子が大変面白かったです。原作は500ページ近い大作ですがテレビでは、5回の放送で完結ですから、かなり時代背景の進み具合は早いですね、塾が大変儲かった時代の話も見られますが、平成の後これから塾がどうなってゆくかは、私たち次第だと思います。私は初心忘れずでしょうか

To be continued・・・

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